Fri
07/03
2009
石川和子の相川四方山話 #3
「織田信長の娘が佐渡に来ていた」
あんたがたどこさ 佐渡さ
佐渡どこさ 相川さ
相川どこさ おけささ
佐渡の金山 信長様の
松君姫様 お供を連れてさ
佐渡さ 相川さ 素敵よ
清音尼様とちょいと名を残す
・・・・・・・・・・・・
これは、私が「あんたがたどこさ」という手鞠歌に佐渡金山の歴史を織り込んで替え歌にしたんだけどさ、その3番目の歌詞に松君姫っていう織田信長の娘のことを書いてみたのよ。
松君姫様は、7名の腰元と2名の武士のお供を連れて沢根に上がると、沢根から今のトンネルの上の峠を越えて、そのまま金山の上まで行ったのよ。 松君姫様は柄杓町っていうところに棲んでいたのだけど、私はわざわざ松君姫様が棲んでいたという柄杓町まで行って見て来たのよ。 今は山の中だけど、その当時はそこが相川の繁華街だったのよ。
松君姫様は尼さんで佐渡に来たからね。 清い音の尼って書いて清音尼という名前だけどね。 「清音尼さん祭り」ってず〜っと相川に昭和20年くらいまで続いてたんだわよ。 たしか12月の27か28日くらいで、暮れに迫っているっちゅうて正月に入って信長の清音尼さん祭りをやるんだけどさ。
その日は、遊郭もお休みにして、遊女はお客をとらなくてよろしい。 そして織田信長の娘の清音尼さんの掛け軸を下げて、ゆっくりご馳走を食べて体を休める日にしてたのよ。
これも相川にしかない祭りだったんだよねえ・・・
6月3日 ぎゃらりー「兎夢遊」にて
あんたがたどこさ 佐渡さ
佐渡どこさ 相川さ
相川どこさ おけささ
佐渡の金山 信長様の
松君姫様 お供を連れてさ
佐渡さ 相川さ 素敵よ
清音尼様とちょいと名を残す
・・・・・・・・・・・・
これは、私が「あんたがたどこさ」という手鞠歌に佐渡金山の歴史を織り込んで替え歌にしたんだけどさ、その3番目の歌詞に松君姫っていう織田信長の娘のことを書いてみたのよ。
松君姫様は、7名の腰元と2名の武士のお供を連れて沢根に上がると、沢根から今のトンネルの上の峠を越えて、そのまま金山の上まで行ったのよ。 松君姫様は柄杓町っていうところに棲んでいたのだけど、私はわざわざ松君姫様が棲んでいたという柄杓町まで行って見て来たのよ。 今は山の中だけど、その当時はそこが相川の繁華街だったのよ。
松君姫様は尼さんで佐渡に来たからね。 清い音の尼って書いて清音尼という名前だけどね。 「清音尼さん祭り」ってず〜っと相川に昭和20年くらいまで続いてたんだわよ。 たしか12月の27か28日くらいで、暮れに迫っているっちゅうて正月に入って信長の清音尼さん祭りをやるんだけどさ。
その日は、遊郭もお休みにして、遊女はお客をとらなくてよろしい。 そして織田信長の娘の清音尼さんの掛け軸を下げて、ゆっくりご馳走を食べて体を休める日にしてたのよ。
これも相川にしかない祭りだったんだよねえ・・・
6月3日 ぎゃらりー「兎夢遊」にて





















